男子手芸部

手芸部員1と2の生まれたことへの贖罪

平成29年7月23日

今日もベランダから中央線を眺めた。

日曜の夜はホームに人が少ない。

こんな蒸し暑い日がいつまで続くのだろうと思いながらがらんどうの中央線を眺めた。

きっと、こんな蒸し暑い日がいつまで続くのだろうと思っているうちにああ嫌な寒さがやってきたなと思うに違いない。

静かな日曜の夜は嫌なものを彷彿とさせる。

ああ、明日もこの線路の先で誰かが死ぬのか。

誰かは困惑し、誰かは怒り、誰かは同情し、誰かは悲しみ、そしてみんな忘れる。

社会はまわる。

世を客観的に見ていると自負している人間と同じようなことを書いてみる。

人の死は二度訪れる。

物理的な死と、記憶の死である。

人々に忘れられたとき完全な死が訪れる。

死を恐れた祖先は宗教を、文字を、記憶媒体をつくった。

人は死を恐れる。

魂の存在をほのめかすものを確証バイアスで信じるくらいに。

人は死ぬ、絶対死ぬ、必ず死ぬ。この世の命は幻に過ぎない

                 ―麻原彰晃

そんな当然のことに抗うため日々生きていこうと思う。

今日はがらんどうの中央線を眺めた。