男子手芸部

手芸部員1と2の生まれたことへの贖罪

平成29年9月22日

今日はベランダから中央線を眺めた。

直近1週間ほど寝てたり寝てなかったりするのだが結果的に平均をとるとほどよく寝ていることになるのでいいだろう。

正直特に詳しい研究はしていないためこの話題に触れるつもりはなかったがネタがこれしか思い浮かばないので書こう。

世の中には近親婚というのがある。

いやないのか。

生物学的によくないから罪らしい。

ドイツオーストリアハプスブルク王家に代表されるアレである。

そのためかドイツでは近親婚だけでなく近親相姦までも罪として扱われている。

さて自分がそうだとは言わないが親族に恋愛感情を抱く者はやはり一定数おり、「俺妹」に代表されるようにそういうフェチの人間もいる。

そしてだが、LGBTだとかダウン症などの障害者の人権が認められながら近親婚は罪というのは土台おかしな話である。

彼らに特に理解がない自分としては同性愛などビョーキだと思うしそれを堂々と言うのはハッキリ言って気持ちが悪い。

ダウン症などの障害にしてもあれは完全に生物学的に人間ではないし同性愛者はそもそも子供がつくれない。

自分がそう産まれなかったからそう言ってるのかもしれないが世は民主主義である。

多数派が正しいのだ。

全部許すか全部禁止してくれ。

今日はベランダから中央線を眺めた。

平成29年9月21日

今日はベランダから中央線を眺めた。

いきなりだがひとつだけ言い訳させていただきたい。

このブログにおいて毎度一人称が「自分」なのだがこれはガテン系だったとか未だに一人称が定まっていない思春期だとかそういうわけではないということだ。

同じ感性を持った読者諸兄なら、一人称が「自分」という人間になにかしらの違和感や嫌悪感を感じる者も多いだろう。

さて、話は戻るがこの一人称はほかでもない、性別のイメージをなくすためだ。

タイトルで男子手芸部とすでに名乗っていて出オチかもしれないが、男子手芸部にも女子マネージャーがいるかもしれないということにしておいていただきたい。

さらに性別を隠すなら「私」でいいじゃないかと突っ込まれる可能性もあるが私などとプライベートで発言する男性はそれまた思春期の痛いアレだと思う。

性別を特定できるような内容は書いていないつもりだが人工知能に判断させれば確実に男性だと判断されるだろう。

しかしまだ自分が女性である可能性も払拭しないでいただきたい。

全く内容のない更新だったが言わせていただきたかったので書いた所存だ。

今日はベランダから中央線を眺めた。

平成29年9月20日

今日はベランダから中央線を眺めた。

はあもうこんな時間か。

今日、いや昨日と言うべきか。

まあとにかく今日は朝からランニングをしてきた。

健康に気を遣っているとまるでハリウッドスターにでもなった気分になれるので悪いものではない。

おかげでこの保管状態の劣悪な骨董品の肺が悲鳴をあげ、さらに筋繊維は千切れまくっている。

プラセボかもしれないが食生活と運動の改善により幾分か倦怠感は除かれた。

そうだ、癌もエイズ自閉症も気の持ちようなのだ。

第一医者や博士などといったよくわからない肩書きの言うことを信用しすぎなのだ。

愚かな人類の判断としては及第点といったところだが。

しかして、この日本という国の成功者諸氏はみな詐欺師と言っても過言ではない。

気の弱い愚かな日本人に対して、自分を大きく見せ堂々と騙すという戦略はかなり有効なのだ。

それだけにそれをできる人間は少ない。

人を見れば詐欺師というのは過ぎた行いだが成功者を見て詐欺師と思うのは間違っていないということをここで言っておこう。

ちなみに自分は人を騙すことになんの抵抗もない。

今日はベランダから中央線を眺めた。

平成29年9月19日

今日はベランダから中央線を眺めた。

昨日鬱病ぽいことに気づいてしまったのでベランダから中央線を眺めている場合ではないなと思い運動と食事をしっかりすることにした。

いろいろと面倒すぎて日課のメイドカフェに行くことすら今日はしなかった。

テーブルはエナジードリンクと同じ銘柄の酒瓶で埋め尽くされている。

自分はアレルギー体質でいろいろと耐性がないのでエナジードリンクに含まれるカフェインを摂取すると手が震えるのだが煙草とこれ以上ないほどマッチするので飲んでいる。

さてこれほど不謹慎な話題はないが身分も隠して楽しく日記、ということでひとつ持論を展開しよう。

ズバリ日々世間を騒がす某国のミサイルやら首都直下型地震やらテロやらというのは抑圧された日本人の救いとなっているということだ。

世間では絶対に語られることはないがこのような破滅的な出来事に可能性を抱くことによってどこか心を救われている日本人が半数以上いることを確信している。

あれ、こんなのみなさん思ってることで別にドヤ顔で言い放つことじゃなかったですかね。

失礼しました。

今日はベランダから中央線を眺めた。

平成29年9月18日

今日はベランダから中央線を眺めた。

このごろボーッとしていることが多い。

半日ほど寝て起きたばかりにも関わらず眠たいような感覚に陥る。

父がどこかの医療の学会員なのでよく話を聞くがこれはどうやら脳の酸化ヘモグロビンの飽和度が少ないらしい。

つまり鬱病というわけだ。

そのためいつもやっていることレベルでしか物事を考えることができない。

最近は全くと言っていいほど鬱の自覚などなかったのだが鬱病というのは気持ちの問題ではないらしい。

確かに飯を食うという行動に対しても数時間悩むレベルだしそう言われればそんな気もしないでもない。

父によると一番手っ取り早いのは脳に電気でショックを与え血流を良くすることらしいがあいにくそんなものはないので他の策を今から調べてみようと思う。

調べるの面倒だなあ。

父の笑い話を参考にすると数ヶ月放っておいて一定のストレスが溜まると死ぬらしいのでどうにかしようとは思う。

パッとしない死に方は嫌なのでがんばろう。

がんばるのは大事。

ああ面倒だなあ。

今日はベランダから中央線を眺めた。

平成29年9月17日

今日はベランダから中央線を眺めた。

毎晩毎晩考えごとをしている割には人と話すとき話題がないものである。

こんな自分でも、まさかクラシックの演奏や雅楽だけでなく流行りのロックもヒップホップも聴くものである。

ところでどうやら人々は少し勘違いをしているようだ。

例えが古いかもしれないが、B’zはロックだろうか、HOME MADE家族はヒップホップだろうか。

否、どちらもポップスなのだ。

どちらも好きでB’zに至ってはライブに行くくらいだが、彼らはロック調、ヒップホップ調というだけでありポップスだ。

小うるさいことを言うつもりはないが、ロックンロールとかBボーイだとかいうのが軽々しく使われすぎているのがあまり好きではない。

細かいことは自分で調べてほしいがロックというのは社会の中の人間が「こんな社会嫌だ」と叫ぶもの。

またヒップホップとは社会の外の人間が「成り上がって社会に入ってやる」と叫ぶものである。

英語がわかるのであればとりあえずQUEENの曲の歌詞と2PACの曲のリリックを見れば一目瞭然だと思う。

ちなみにThe Beatlesは当時のロッカーズの格好をしたポップスアーティストだ。

あと、アーティストが不倫やクスリをやって騒ぐ人類がいるがお前らはアーティストになにを求めているのだ。

今日はベランダから中央線を眺めた。

平成29年9月16日

今日はベランダから中央線を眺めた。

優先席に小学生くらいの子どもたちが落ち着きなく座っていた。

その保護者を怪訝な目で見る大人。

相変わらず大人げない大人の嫌な部分ばかりが目に入る。

あの頃、大人というのはもっと「大人」なものだと思っていた。

それもこれも生意気な自分が口答えするたび大人を舐めるなだとか社会を舐めるなだとか言われていたからだ。

それに付随し仕事というものにも難しそうなイメージがあった。

だが蓋を開けてみればなんのことやら。

大人は「子供」だし仕事とやらも学校の宿題と遜色ないものですぐに成果を出した。

図体と態度ばかり大きくなって、ずるいことを知って、ただそれだけじゃないか。

世間一般にとどまらず、政治も会社経営もやったもん勝ちの運動会だ。

大人を舐めるなだの社会は甘くないだの言った三下ども、お前ら全員正座して並べ。

いまから説教タイムだ。

子供のような大人に子供じみた仕打ちをしてやろう。

さてなにからきかせてやろうか。

大人を舐めるなよ。

大人とは、子供が大きくなったものである。

                   ―タルムード

今日はベランダから中央線を眺めた。