男子手芸部

手芸部員1と2の生まれたことへの贖罪

平成29年8月2日

今日はベランダから中央線を眺めた。

以前もこういうことがあったが、今日はひじ打ちや罵声を浴びせられるなどされた。

どうやら中央線ユーザーから嫌われているようだ。

あまりよろしくない人生を送っているのだなと同情してしまった。

昨日書こうと思ったことを思い出した。

二流の人間はなにをしても二流または二流以下なんだなということだ。

三流四流から二流まであがるのはある程度の慣れや知恵でどうにかなる。

二流から一流、超一流になるのは、ここが大事なのだが、気持ちの問題だと思う。

あらかじめ言っておくがこれはマネージャーや教育者の目線で、経営者などリーダーの目線ではない。

リーダーの目線だと気持ちなども含めすべて才能という言葉で片付けてしまうからだ。

自分もこう考えることがい多い。

しかし誰にでも可能性があるという考え方を用いると最も大事なのは気持ちということになってくる。

モチベーションと言い換えたほうがいいか。

なにをやらせても優秀な人間と真逆の人間がいる。

それは気持ちの問題だと、そういうことだ。

詳しく書くのは今は遠慮しておくが、簡単に言えばポジティブかネガティブかという問題である。

ポジティブはすべてを可能にし、ネガティブは不可能を呼ぶというものだ。

世にはバタフライ効果というものがある。

地球の裏側の蝶の羽ばたきで日本に台風が来る、というような例えを用いた、認識できないものが大きな出来事の原因になる場合があるということだ。

わらしべ長者も似たようなものである。

神は細部に宿る。

こんな自己啓発的な文章を書きたかったわけではないので反省するがなんとなく最近そんなことを思っていた。

ああ、今日はベランダから中央線を眺めていた。