男子手芸部

手芸部員1と2の生まれたことへの贖罪

平成29年9月4日

今日はベランダから中央線を眺めた。

今日というかもはや完全に昨日なのだが目をつぶっていただきたい。

というのもここ数年間、連絡をしなかったり不義理を働いてしまったとき「すみません寝てました」という言葉で完結してしまうので気が緩んでいるというのがある。

この言葉でだいたい許してもらっているのだが(どうでもいいが実際は寝ていない)ここから考えられるケースは次のいずれかだと思っている。

まず、自分に能力やそれに付随する価値があり(見出されており)連絡がちゃんと返ってくるという点だけで満足されている場合。

次に、本当に頭のおかしい常識の外の者だと思われており、全く期待されていない場合。

前者だった場合一番うれしいのだが問題は後者である。

複数人から期待されていないという状況はかなり危機的でいままでの自己ブランディング戦略に圧倒的な負債があるということだ。

自分の中ではいままで常識的に振る舞ってきたつもりだし両親の知人と話したときも、いつも「しっかりしているね」と言われてきたのだ。

あと全く関係ないし何度も言っているがだいたいジョークや皮肉しか言わないしそれを見抜けない人は(接するのは)難しい。

非常に個人的などうでもいい話になったが今回はこれで落とし前をつけていただきたい、未来の自分、過去の自分よ。

すみません寝てました。

今日はベランダから中央線を眺めた。